アーカイブ: 9月 2007

2007/09/28

Permalink 14:54:41, カテゴリ: 政治・経済  

企業の収益改善と、不況の共存してきた訳。

昨日付になるけども、日経Biz Plusに掲載されている、野村総合研究所のクー氏の「>『陰』と『陽』の経済学――日本は15年間どんな不況と戦ってきたのか」(2007/09/27)<は非常に興味深いコラムだと思う。

企業のバランスシート改善と、個々の生活実感上の景気への感覚のずれについて、所得面や格差問題からのアプローチは出尽くした感すらあるけども、このアプローチは少し違う。

企業のバランスシート改善しながら、資産のデフレがなぜ加速したかを明確に記しているように思う。つまり、ゼロ金利下で「借金を返し続ける」ことが資産デフレ・家計所得の減少に拍車をかけた、という論拠である。

世界のどの経済書、ビジネス書を見ても「金利がゼロでも企業は借金を返すべきだ」と書いた本は一冊もない。これは、「企業経営者があまりに無能で、ゼロ金利でもお金の使い方が見つけられない」ということに等しい。「企業は一般の人々より金儲けがうまいから、株主はお金を投資して自分たちの代わりにお金を稼いでもらおう」というのが企業の本質だからだ。

(snip)

 特に98年や2003年には、年間30兆から35兆円もの借金返済が行われた。これは日本の年間GDPの6-7%に相当する。

では「なぜ企業が借金返済をしたら景気が悪くなる」のだろうか?普通の国では、家計部門の貯蓄を証券会社や銀行が仲介して、企業部門が使うことでお金が回っている。例えば家計に1000円の所得があり、そのうち9割に当たる900円を自分で使い、残りの100円を貯金したと仮定しよう。使った900円はそれを受け取った人の所得となって経済の中で回っている。

次に、貯金した100円は銀行などの金融機関に入る。銀行はこのお金を企業に貸し、企業がその借りた100円を使う。そうすると、家計が使った900円と企業が銀行から借りて使った100円の合計1000円が次の人の手に渡る。1000円の所得に対して1000円の支出が生まれて、これで経済が回る。

(snip)

しかし、今の日本は金利をゼロにしてもお金を借りる人がいない状況だ。(snip)そうなると、個人が預けた100円は銀行に滞留してしまう。もともと1000円の所得があったのに、実際は900円しか使われていないわけだ。ということは、次の人たちの所得は1000円ではなくて、900円ということになる。

その人たちが900円のうちやはり9割の810円を自分で使い、残りの90円を貯金したとする。すると、810円は次の人の所得となるが、銀行に来た残りの90円は誰も借りる人がいないので、また銀行のなかで止まってしまう。このプロセスを繰り返していくと、1000円→900円→810円→730円…と瞬く間に所得が減って、経済はデフレスパイラルに陥ってしまう。

経済が悪化すると資産価値が更に下がり、その事実が更に企業を借金返済に駆り立てる。

つまりこのことは、もう一つの不況がこの国に起こる可能性があることを示唆している。それは「国債・公債の償還」に対する不況である。これを金利状況や景気動向を無視して単純に償還することが還って不況を招く可能性があるということだ。

逆に言えば、仮に債務超過であっても残高を増やさないことによって、借り主を増やす…要するに景気・金融情勢を調整できれば、必ずしも債務高は問題にならない…という考え方もできる。ただそれに頼るのはあまりにもリスクが大きいのだけど、そういう考え方もできなくはないということになる。

大事なのはこの国の産業実態であるということは理解に易い。
ただ、それをどうするかという議論があまりにも無く、日本の市場の特殊性ばかりに固執して世界市場を失うことがあってはいけないのだと思う。

そこで政府が何をするのか、というだけども、少なくとも事実上個人資産に相当する金額のキャピタルロスを産んだ政策のミスの主因である自民党が取ってこなかったことだけは指摘しておきたいと思うし、また精算もされていないという事実も提示しておきたいと思う。

2007/09/16

Permalink 09:05:37, カテゴリ: 雑談(Hard)  

性善説と性悪説。

小生はここに書いている通り、経済論理については人間は性善説に立たない、という考え方。でも人間自身がそんなに性悪なのかと言えばそれは違うと思う。

そらぁ、水源に毒を放り込む奴はそんなにいないし、外食産業に紛れ込んで、毒キノコを横ちょから放り込んだりというのもお目にかからないし、プラットフォームの線路際を歩いていても、突き飛ばされる可能性は多分100万分の1以下だろう。

そういう意味では全く人間は性善説的に行動しているし、多くの場合はそうなんだろう。

ただ、性悪説に基づく場合は、単純なケースが多い。それは自らの利益に単純に直結するかどうか。その1点のみのような気がする。その結果行動が複雑になる場合があるけど、実際にもつれた糸であれ1本に通じるし、そうでないケースをお目にかかることはそうないと思う。

どこでボタンを掛け違い、それを直せば済むのか、そうでないのかを冷静に考えて、対策を考えるのが適切なんじゃないかなと思う。

そうでなければ毎日生活を送ることができるのは、ラッキーの数々に恵まれたからとしか言えないし、実際にはそれがラッキーでなかったとしても、種々の恵みのおかげで生活を送ることができているのは事実だろう。

だからこそ多くの宗教で、食事の前に祈りを捧げるのは、人間としての本質が何かということを示しているような気がする。

ただ、日本では多くの人がそれを当たり前と感じているから、しない人が多いだけなのかも知れないけれど。

2007/09/14

Permalink 00:43:42, カテゴリ: 政治・経済  

When the wonkers go marchin' in....

また国民の信を問わず行われる首相交代なんて興味なし。
出来レースに踊れば良い。本質なんて変わらない。
踊る阿呆にならない程度に。

それより、もっと阿呆がいる。なんとかチルドレンとか言われる阿呆。
なんとかさんを首相に繰りだそうと、会議室で集まった結果が「署名」。
もう学校で何を学んできたいのか問い直したい。

昔の血判状ならともかく、たかが署名。何のために政治家になったのか。立場をわきまえて欲しい。代議員が「星に願いを」なんて、視聴率の※印(0.1%未満)に願いをかけるようなもんだ。もっとも自分達が注力しない方法で、全ての権益を望むなんて、おまえらは何様だ。親の顔が見たい…ってチルドレンの「親」は、国政の根幹をぼかして選挙に及んだ御大じゃないか。「私怨」だけを政策で訴えてごまかした…。

結局再出馬要請はあきらめたというけど、捲土重来らしい。自分たちから候補を立てる訳でもなく、あくまでも威を借りるしか脳が無い。結局国民にも訴える能力がないから、後ろ盾が欲しいだけじゃないか。今時征夷大将軍の拝命を受けないと政所が出来ない訳でもなかろうに。

こんな国会議員に歳費が払われるのだ。
2005年に私たちが行った選択の意味を考え、猛省せねばなるまい。

国会に子供どころか、幼児を送るのはやめにしよう。

2007/09/12

Permalink 21:04:56, カテゴリ: 政治・経済  

「失われた50日」

今日、所信表明演説翌日に、安倍さん退陣表明。9/14に自民党総裁選公示、9/19投票だそうだ。

衆議院選挙から50日で新首相となるだろう者が決まる訳で、その場で辞めておけば、この50日は無駄にはならなかった。50日を停滞させた罪は重い。さらに1週間、国会が止まるのだ。

なんという浪費。
そして衆議院の解散総選挙はしないことが自民党筋から流れているという。

要するに「特措法」第一だという訳だ。特措法を通さずに解散も出来ない。本当にアメリカの自治州に過ぎない事実を提示させられる。アメリカの内政に関して何の交渉も意見もできないのだから。

今、韓国ではアメリカ産牛肉から脊髄が粉砕されたものや、特定危険部位が混在したものが1ヶ月おきに見つかったと報道されており、そのたびにその工場からの輸入が差し止められている。

日本ではとんと聞かない。

その一方でアメリカの要望で日本の牛のBSEの全頭検査が来年夏で休止させられる。アメリカの言い分では「過剰検査だから」。だけとそれが品質を担保するものなのに差別化をしてもいけないのだという。

そしてこの件に関する報道は、アメリカが特措法で自衛隊が「イラク向け軍隊」に給油していたと自ら言ったことを慌てて撤回している事実と合わせ、テレビなどでは報じさせてくれない。せいぜい新聞の小さな記事止まり。

結局自分の身の振り方までアメリカまかせだったのだろうか。

支持率を1人で10%上げたと言われた舛添厚労省大臣まで、ホワイトカラーエグゼンプション法案を「家族だんらん法」と名前を変えればいい、と素っ頓狂なことを言い出したから、命運絶たれたと思ったからなのだろうか。(役人は現行法での残業打ち切りは「年収1,000万以上、部長職相当以上」を対象としていると考えているのに、現実がどうかは皆さんご存じの通り)机上の空論か「父いらずで家族だんらん」を目指しているかのどちらかだ。

リップサービスと軽口の区別も付かない。
あ、次の首相候補筆頭と言われている方も、そうだと言われているので、何とも言えないが。

頭が痛くなる。

とは言え、この失われた50日は帰ってはこない訳だ。
結局「美しい国」と言った方は「情けない国」を自ら露呈して退陣する。

潔さなど無くなったことを示す、この国の姿勢のように。

♪ Wasted all those years.
Nothing had the chance to be good,

Nothing ever could, yeah.
I'll keep holding on....

2007/09/10

Permalink 16:20:09, カテゴリ: 政治・経済  

与謝野官房長官「参院否決なら再可決」…あ、そっちですか。

昨日も書いたアフガン・イラクの米軍に対する給油問題。もうあえて「イラク」と書いちゃうんだけど(米国が認めてるから)、与謝野官房長官が仰るには、こういうこと。

与謝野馨官房長官は10日午前の記者会見で、インド洋での自衛隊の給油活動を継続するための法案について「日本国憲法の起草者は衆参の議決が二分されることを十分予測して規定を書いた、普通のこととして使っていい憲法上の規定だ」と述べた。野党が過半数を握る参院で関連法案が否決された場合、衆院で再議決して成立を図る考えを示唆したものだ。>日経

あ、なるほど。昨日の安倍さんの発言は、もっとレベルの低いところにあったということか。
要するに「通してしまえば信任されたとして進める」ということ。

多分、実際には国会で決議されずに実施されている「イラクに向かう米軍」への給油もなし崩しにしてしまうつもり。ちなみに日経はこの「イラク給油」に関してはあまり報道していない。というより今後もメディアは国会で問題にされても必要以上に小さく扱うかも知れないことは前述した通り。

民主集中なのはどこの党か。
そして連立を組む党が「イラク米軍への給油」を手つかずで通すのか。
「楽しみ」にしていますよ。

2007/09/09

Permalink 19:10:57, カテゴリ: 政治・経済  

「職を賭して」まで続ける給油。

APECでシドニー滞在中の安倍さん。現地で記者会見にて、インド洋での米軍への給油の継続に絡んで、テロ特措法の「更新」に「職を賭して」とまで表現し、継続する覚悟。

この給油。実際にはアフガン対策として成立した「テロ特措法」により行われているにも関わらず、実際にはイラクに向かう米軍への給油も行われていることが米国連邦政府の文書でも確認されている。それなのに、外交的に何も言わず続けられているもの。

つまり、この現状維持を「首を賭けて」…つまり、できなければ総辞職ということになる。けれど、本当に総辞職になるのかは判らない。だって前言撤回は「私を選ぶか、小沢さんを選ぶか」と言って行った選挙後の対応で明確だから。

でも、その覚悟でと言ったのには理由があるのかもしれない。もしかすると、郵政民営化の時のように、米国政府が米国系企業を通して電通→メディアと圧力をかけて、報道をなだれ的に行うかもしれない、ということには留意する必要があるかもしれないと思う。

それに、舛添厚労大臣「だけ」で10%も内閣支持率が上がるなんて不思議なことも起こっている。それに民主党も秋までに衆院選候補を300人選挙区でそろえられるかどうかは全く未知数。というより難しそう。そうなると体制が整わない内に解散総選挙に打って出て、逆に参院を「民意反映がない」として一気に2院制を含めた憲法改正論議に持って行く可能性も否定できないんじゃないかと。

それをふまえて、小沢さんに「早期党首会談を」と言っているのなら、それは彼の意図として理解できなくもない。このうちいくつかが行われるだけで。

ただ、この給油問題は、実は自衛隊のシビリアンコントロールに関わる問題。法的に認められていない目的外給油を、確認せず実施されているということであり、実質上イラクの米軍を後方支援していることになる。それを統制できていないということにもなる。文民統制ができないのであれば、一種第2次大戦前後の「事変」をねつ造して、一気に戦争に進んだ軍部と手順上大して変わらないとも言える。そしてこれらに正当に答えず、違う問題にしたり顔ですり替える自衛隊関係者・軍事アナリストがテレビなどメディアを跋扈している。

こういう状況は正しいのだろうか。

そしてそれら問題に手を付けないまま、国をアメリカの人質に取る方法が正しいのだろうか。

やっぱり彼のやり方には賛同できないのだなぁ。

2007/09/05

Permalink 14:29:51, カテゴリ: 雑談(Hard)  

日本的全体主義。

最近バスケット関連の記事をあさることが多いので、どうしてもそちらから連想することが多いのだけども、やはりネットに於いて日本人の思考がより「ムラ社会」的な様相を呈しているような気がする。

バスケットという世界においても、いわゆる守旧派が、企業と学校体育との権益を(実際には)盾によって、どうにかその権益を維持するための組織作りに辟易としている感がある。そのために新しいこと、挑戦、市場開拓を放棄している。ある意味、革新で失うものを恐れて何も動かないか、動いたふりをしている。まるで企業のイメージを変えるためだけにブランド名だけを変えれば売れ続けるかのように。

まあ、実際には市場は人口同様減少の一歩。競争にもさらされないけど、それは国内だけの話で、国際的には男子が「初の」アジア8位になったことでも判る通り。そして種々の失敗も権益を守るために、形を変えなんどか主導権を維持しようとしている。

まるで官僚のよう。

でも、実は今回の話の主題はここではなくって、これに対して異議を唱える側の話。実際、協会主催の大会でビラ配りを行った人がいた。世界選手権でバナーで批判した人がいた。前者は結果的に当該リンクのサイトが閉鎖されることになった。ビラにより本来意図していない意味となったために、ということらしい。

しかし、問題はここからだ。

特にブログのように個人がある程度特定できる場所で活動していた者にとって、これらは実際に活動の場を失わせる可能性がある。実際に反応のため、尻すぼみで動けなくなる人もいた。そしてこれらを「支援していた」のは匿名の掲示板。ところが、だ。支援は具体的ではなく、フォローも具体的にはないに等しい。その後の経緯は読めるけども、しまいには、継続的に活動していない、と攻めるばかり。

つまり…

これらの人は具体的には、口先だけばかりで支援はしておらず、また人に継続的に動いて貰うことによって、自分は書き込むだけで果実を得ようとしている側面がある訳だ。しかも責任を連帯しない。

そして…

結果的に何か活動を起こそうと思った人に対して、最終的に自分が全く完璧に正しいと思える結論を引き出せない限り、これらの人の行動を監視することにもなる。その経緯を読める人は「行動を起こせなくなる」し、継続した行動を起こすことを放棄させるきっかけにもなる。

それは「ムラ」的な管理社会ということである。

目立つことはするな、黙っていろ、何かすれば「ほれ見たことか」。
何の責任感もない。

それなのに、そうした「匿名の場所」で発生していることに気を揉む人がいる。それらの人は、前述した通り、責任感の無い場所に、何の意義があるかを考えた方が良いのではないかと思う。

皮肉を持って言えば、何もないと思う。
あえて言えば、せいぜい天気予報の「注意報」程度の意味しかないのではないかと思う。「気にする人しか気にしない。」背景が判らない人には、事実関係も読めない。乾燥注意報や大雨注意報の根拠も、ご存じない人が多いように。

何をしなけりゃいけないのか、という取捨選択をするべきだと思う。
小生はそれで、バスケット関係についてはevess.netをスピンオフした訳だけど。

顔の見えない形で、付和雷同させ、誰かを犠牲にし、それについては知らないふりを決め込む。日本人が日清戦争以降、第2次大戦に敗れるまで。そしてその後経済的に復興しながら、行政システムに不関与であり、その結果自分たちの作ったシステムを修正せず、問題を放置してきたこと。そしてそれに騒ぐにせよ、政治家・官僚のみに責任を取らせようとしていること。何が間違っていれば致命的で、何が間違っていたら直せばいいということを区分せず、全てを悪だとして自分を善かのように振る舞っていること…

荷担した事実を無視して。

このような方法は「共産主義」と呼ばれる方法の委託方法だ。みんな人間は性善で、仕事はきちんと大衆を考えてしてくれて、システムに任せば安全…。そんなことがないことは「共産主義と呼ばれた国々」で何が起こったのか。また「世界で一番成功した社会主義国」と言われたこの国が、民主主義に名を借りた…実際には共産主義で言う「民主集中」をおこなっていたに過ぎないこの国で起こった社会システムの不全。人間には欲がある限り成長する訳で、そのため全てが性善というのは残念ながらあり得ない。チェック機構こそがこれらを改善する。

民主主義の名を借りていた以上、それらのシステムをチェックする責任があった筈なのに、仕事にかまけて忘れてきた。更には例えば今回のバスケ協会の機構の下の「選手には罪はない」と責任回避な意見も目にする。機構に組み込まれている以上、多かれ少なかれ責任はあるのに。無いのであればそれは民主主義ではない。

そんな日本的全体主義の場所で、何を新しくできるのだろうか、と言っては言い過ぎだろうか。
そういう意味で某匿名掲示板の持つ、希に見る相互扶助的な面、また普段発揮される匿名を借りた無責任さを含め、日本の縮図でしかないと思う。
具体的に進めるためには、場所を変え、品を変え、頭の中身を変え、責任を持って考えること。
そして出来ることをすること。
責任をかぶせるのであれば、その責任の一端位は追うこと。
自分の発言を時系列で第3者が追えるようにすることはその一端の一部だと思う。
仮面を被り続ける奴は、何もする気がないということだ。
現実の世界では。

少なくとも現状の変革は「今の場所・状況」では無理であること。
それ位気付いてもいいのではないだろうか。

何か具体的に責任を負ってしないと、変わらないということくらいは。

# 16:52, 17:15加筆、校了。

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